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ジーズアカデミー戦記

G's ACADEMY TOKYO でプログラムを勉強してます。もちろんブログは非公式です。

たしかに「IT×英語」の時代なのかもしれないけど、近く「×文章力」になるのではないだろうか

ネット記事の感想文

genki-wifi.net

この記事を流し見してたら、ちょっと気になるフレーズがあった。

これからの日本人に必要なのは英語とITスキルだ 

インタビュアー側の言葉で特に珍しくもない。実感はさほどないものの、”やっぱそうか”と僕も思っていて、同じように感じている人も少なくないだろうなと思っている。

 

ただ冷静に考えると、実際のところどうなんだろうか。

 

どうしても自分がネットの世界にいるからITや英語を過大に捉えてしまう部分があるなという気もする。また以前にもこのブログで書いたように、どちらも自己啓発商品として人気で夢と一緒に語られる傾向にあるところも差し引いてみたほうがいいかもしれない。普通に考えて様々な業界で盛り上がりがあるはずで、立つ場所によって色々な景色がある。ネットに親和性の高い領域に限っても「これからは北京語と統計学のスキルだ」という人もいるはずだ。

 

まぁ、それは僕の預かり知る所ではないのだが、元記事のスーパー大学生は

僕が30歳を過ぎて得た結論「これからの日本人に必要なのは英語とITスキルだ」ということに高校生の時点で気づき、大学では情報システムを専攻し、自ら留学(海外インターン)の道も切り開いてシリコンバレー経由でベルリンにやってきた

そうで、それが正しいかはともかく将来への見立てを元に一貫して行動しているのは凄い。僕もいい年齢だけど、英語とプログラミングには興味があって、でもそれだけじゃいかないなとも思っていて(それさえもできないけど)。じゃあこれからの日本人、というか自分に必要な能力ってなんだろう?と考えると、それは〈国語力〉なんじゃないかという気がしている

 

いくつか理由がある。

 

1.文章力はプログラミングと英語力のベースになる

特に文章力が重要だと思う。以前から”日本語が得意な人は英語の伸びが早い”等とまことしやかに述べられてきたが、プログラミングも同じだ。古い記事だが、竹内郁雄氏は当時高校生のプログラマーが国語は得意科目と聞いてこんなことを言っている。

竹内氏 素晴らしい! 私の持論ですが、国語ができる(=日本語できちんとした文章が書ける)人じゃないとプログラムは書けない。これは非常に重要です。情報処理推進機構IPA)未踏IT人材発掘・育成事業(未踏プロジェクト)で、逸材中の逸材といわれた登大遊(のぼり だいゆう)君も、国語力がすごい。プログラミング能力と国語力が同じくらいじゃないかな。本当にすごいプログラマは国語ができる人が多いです。

【写真】天才プログラマに聞く10の質問(3):Cyanを設計した高校生、5カ月で5つの言語を習得 (1/3) - @IT

確かに身の回りのできるエンジニアをみても当てはまる気がする。何より過不足なくわかりやすく構成して文章をかくってまさに優れたプログラムのイメージそのものだ。

2.表現力は人やモノの魅力を伝える武器になる

ga-chronicle.hateblo.jp

以前書いたエントリでも、遅咲きエンジニアの伝える力・アピール力について述べた。既にその萌芽がみえるが、エンパワーメントされた個人が活躍する社会の姿を想像すると、その重要性がより増していくのではないかと思う。単なる情報発信ではなく、例えば事業を始めて仲間を集めたい時、あるいはユーザーに自分の作ったプロダクトを使ってもらいたい時、そこには〈人を惹きつける言葉〉がコンテンツ自体の魅力と供に要求されないだろうか。ストーリーテリングもその一つかもしれないけれど、社会や個人の実存にとっての意味付けとかそういうことも含めてだ。

次の引用はAppleMusicなどサブスクリプション型の音楽受容が普遍化した後の世界について述べられたものだ。

 音楽に対しての語り方も変わっていくと思います。「唯一無二」とか「最高傑作」とか「ジャンルの壁を壊す」とか、そういう紋切型の大ぶりな表現は好まれなくなっていくんじゃないかなと思う。それよりも、リスナーがどんどん新しい音楽に(もしくは古い音楽に)出会えるアーキテクチャを前提に、それぞれの音楽の持つ「よさ」とか、それぞれの音楽のつながりをちゃんと的確に言語化していくことが求められると思う。

ストリーミングの時代において、音楽カルチャーはどう変わるのか - 日々の音色とことば

下火になりつつあるとはいえ、まだ人々の俗情にフォーカスしたコンテンツが隆盛という認識だけど、さすがに今後もそれが続くとは思えない。 

 

3.言葉は思考力のベースになる

www.nikkei.com

ここで藤田氏は、適切な言葉の選択がビジネスのあらゆる面で重要になってくることを指摘している。それは前述2の「伝える」という意味でもそうだが、自分が思考する上でも重要だとしている。

それはビジネスをやっていく上でもそうだろうし個人の実存の問題だって同じだと思う。僕自身実感しているところだが、今はネットを中心に其処此処に自己啓発メッセージがあふれる社会になった。自分もちょっと意識高めなブログを書いておいてアレだが、こういう自己啓発系の言葉は一時的に気持ちを盛り上げてくれるだけで、当人の問題を何も解決してはくれはしない。だから考えるためには自分の言葉が必要で、その力を育てることが重要だ。

 

これらは皆すべての基本であって「そんなのこれまでもずっと大事だったよね?」という話なのだが、社会の変化の中でそれにそう形で再認識する必要があるなと思った。

ということで英語とプログラミングに加えて、読書とブログにも励みたいなと。