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ジーズアカデミー戦記

G's ACADEMY TOKYO でプログラムを勉強してます。もちろんブログは非公式です。

読む前から読書は始まっている

 

少し前から和田祐介『Webサービスの作り方』と安藤祐介他『CakePHP2実践入門』という本を読んでいて結構たのしい。いちおう技術書にカテゴライズにされるとは思うけど、ハウツーよりの本で難解な概念とかは全く出てこない気楽な本だ。

 

 

CakePHP2 実践入門 (WEB+DB PRESS plus)

CakePHP2 実践入門 (WEB+DB PRESS plus)

 

 

実は『Webサービスの〜』は数年前に読もうとしたことがあって、その時は身の程をわきまえず「総花的で中途半端かなぁ」という印象を持っていた。もちろん本の内容はその時から変わらないので、受け取り手である自分が変わったのだ。といってもあまり成長していなくて、知識がついたから読めるようになったパタンともまた違う。

 

ただ読む態度が変わったのだ。

 

数年前の僕は「いつかWebサービス作ってみたいなぁ」と何となく思って手にとったのだ。これを読んだら作れるのかなぁ…と。いまは「作ろうと思っているけど、どうすればいいのだろう」と思って読んでいる。この目線で読むと、ただの手順の羅列にしか見えなかったものにも「そういう意味だったのか!!」という気づきが得られるのだ。『CakePHP〜』も同様で、ちょっと作ってみようという前提で読むとすごくわかりやすいし読む焦点も絞れる。

これは技術系の本では当たり前のこと(気づくのが遅すぎだが)のような気もするが、考えてみればこれは技術系じゃない通常の読書でも同じだと思う。話題になる大衆作はともかくとして、文学や評論を読む時はただ読むのではなく自分を含めた人や社会や世界と結びつけて考えながら読む。だから「普段からどれだけ考えているか」っていうことがベースになって読書体験の意味が変わってくる。それと同じなのかなと。

 

少し前『本を読んだら、自分を読め』というのがあったが、さしあたり「自分を読んだら、本をよめ」といったところか。語呂が悪いが。。そう、読書は本を手に取る前から始まっているのだ。

本を読んだら、自分を読め 年間1,000,000ページを血肉にする?読自?の技術

本を読んだら、自分を読め 年間1,000,000ページを血肉にする?読自?の技術

 

もっとも背伸びしないといけない時もあるし、手段としての読書ばかりだと読書自体がつまらなくなってしまう。あくまで多様な読み方の一つでしかない。ただ、プログラムなどの技能を学ぶときは、まずやってみて疑問点を持ってから本を選ぶのが有効なのは間違いなさそうだ。