読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ジーズアカデミー戦記

G's ACADEMY TOKYO でプログラムを勉強してます。もちろんブログは非公式です。

個人開発という夢

先日、ありがたいことに縁あってリクルートが運営する TECH LAB PAAK の3期の説明会 & 懇親会に参加してきました。期の始まりということで参加プロジェクトの紹介があったのですが、「あぁ、世界はいまこうなっているのか」という納得と驚きを強く感じました。

 

おそらく7年くらい前でしょうか、Webの世界には夢があったと思います。

 

もちろん今も、いや今のほうが夢であふれているとも言えます。ここでいっている夢というのは「頑張ってiOSアプリ作ったら一儲けできる」「アイデア勝負でWebサービスつくったら思いのほかユーザーが集まった」というような無名の(多少の技術力をもった)個人がスターになる・世界を変えるというような類のはなしです。

 

当時は世界を変えるようなサービスを作るのは世界的に有名な大学で情報科学を学んだハッカーみたいな人というイメージでした。私も多数のGoogle本を読んでは「桁違いに地頭のいい連中なんだな」などと思ってました。そしてもう二十歳を超えていて身の程がわかっていましたし、「スーパーな人材になることを目指す!」なんて思えるほどの純粋さも若さもなく、ただ同時に「自分もこの世界でなにかを成し遂げたい」という思いだけは捨てきれずにいました。だから個人開発者が活躍する「夢」は一層魅力的に見えたのです。

 

「いつか自分だって」

 

他にも私のような思っていたワナビーは少なくないのではないでしょうか。しかし瞬く間に技術力・資金・経験を兼ね備えた企業群が参入し、無料でも楽しめる高品質なゲーム等がアプリ市場にあふれました。ユーザーの目も肥え、素人が活躍するなんて話は現実的でないものとなったように思います。

 

そして時代は進んで2〜3年ほど前になりますが、多くの有名スタートアップを排出しているインキュベーションプログラムに潜入取材した『Yコンビネーター』の翻訳版を読んだ時のことを思い出します。

 

先ほどGoogle本について触れましたが、これを読むとYコンビネーターに参加するような方々というのはGoogleFacebookから内定もらうようなハッカーがいるのは前提で、さらにそこに新規の事業について多くの人を説得していけるだけの事業開発ができる営業がセットになっているようです。世界を捕る可能性を秘めたソフトウェア作りは一層進化し、かつての<夢>の世界は今は昔といったものになったように思います。

 

そしてTECH LAB PAAK

 

私の理解不足も手伝ってうまく説明できませんが、参加するプロジェクトの内容・メンバーは漏れ無くスーパーな人だらけです。あまりにハイスペック人材があふれていて目立たない、そういう世界です。そしてチームはハッカーと営業の2人なんてところは少なくて、もう少し大きくUX/フロントなどの専門を置いているところも少なくありません。技術的にも機械学習やIoTといった領域が「これから学ぶ分野」ではなく「これから有効にプロダクトに利用していく」ステージに入っていることを気付かされます。

 

つまり必要となってくるのはサービスを構想して、強力なメンバーを集めて、新しい技術を次々と取り込み、さらに実現する情熱と実行力。

 

ある意味とても夢があって同時に夢がない世界です。

 

そんな世界で夢を見るとすればどうすればいいのでしょうか。基本的にはやりたいことをやればいいだけではありますが、G's Academy のメンターでもあるBASEの藤川さんがブログにてこんなことをおっしゃっています。

 

僕が審査員やメンターをやってるところに参加している人は、どちらかというとガチエンジニアではなく、理想を言えば、家入さんタイプの、技術はあくまでも実現のツールとして学ぶべきで、それぞれの人生経験に基づく、知見やセンスを使って、それまでのガチエンジニアではできない、新しい組み合わせをうまく作った人が大成するという方向に行ったほうが良いと思っている。

 

例えばセキュリティ問題などは、最初こそユーザが少ないので、現実問題として大した問題にならないが、一定の存在感が生まれてくると事業に大きな問題になるからこそ、専門家が助けるという流れになる。同じくスケーラビリティや技術の拡張など、さまざまな問題を担う人材は重宝される。G’s Academyのメンタリングでも技術を深掘りするよりも、とにかく前に進むことを推奨している

コモディティ化するWeb周辺の技術をどう乗りこなすか | F's Garage@fshin2000

 

この世界の中で弱者が何かを成し遂げたいとすれば、これまでの己の人生を信じて表現すること、そして助けてもらえる自分であることくらいなのかもしれません。